那須岳雪崩事故からの教訓~リスクを想定し正しく恐れる~
那須の雪崩事故 高校生ら8人が犠牲に
2017年3月27日朝、栃木県那須郡那須町の那須岳のスキー場付近で雪崩が発生し、春山登山講習会に参加中の県立大田原高校の山岳部員と引率教員が雪崩に巻き込まれました。この雪崩により、部員7人、教員1人の合計8人が命を落とし、高校生や教員など含めて40名が重軽傷を負うという大きな被害が発生しました。雪崩の死亡事故の死因は、ほとんどの場合が窒息によるもので、顔が雪に埋まってから15分から20分で生存率は一気に低下するといわれています。この日、雪崩が発生したのは午前8時43分頃で消防の救助要請までにおよそ40分も要しました。もしかしたら雪崩が起きるかもしれないという想定が出来ていなかったことで、中止の判断や連絡体制を含めて様々な事前の備えに繋がらなかった雪崩事故からはいくつもの教訓がありました。
事故直前の大雪が雪崩の引き金に
栃木県那須町では、雪崩発生当日の未明から朝にかけての数時間をピークに30センチ以上の湿った雪が一気に降って、その新雪が滑り落ちる「表層雪崩(新雪雪崩)」という現象が起きたものと考えられます。雪はまるでミルフィーユのような層になっていて、かなり前に積もった古い層、少し前に降った雪の層、新たに積もった雪の層など性質が違うものが積み重なって積もっています。この新たに積もった積雪表面の数10cm下に弱層と呼ばれるとても柔らかい層が出来て、ここから上の層が滑り落ちることで発生するのが表層雪崩です。表層雪崩は前兆現象がない場合が多いですが、人や動物が雪の傾斜地に入ったちょっとした重みがきっかけで斜面の表面の雪が崩れ落ちる場合がり、近年はバックカントリースキーヤ-や登山などレジャー客が表層雪崩に巻き込まれるケースが目立っています。雪崩の衝撃は規模の小さいものでも、道路の斜面などで起きて、車が押し流されてしまうほどの威力があり、滑り落ちる雪の量が多くなると、家やコンクリートの建物を吹き飛ばすほどの破壊力があり、大変危険な現象です。那須岳の雪崩事故当日の朝までに、日本の南岸を東に進む低気圧の影響で大雪になったため、当初予定していた茶臼岳(標高1,915m)登山を取り止める代わりに那須温泉ファミリースキー場ゲレンデから那須岳に入る訓練を行なうことになったそうですが、雪崩に巻き込まれた場所の標高はすでに1,400m近くまで登ったところでした。訓練開始のタイミングでは、いったん雪も風も弱まったタイミングだったことも、中止をする判断を鈍らせた可能性があります。
雪崩が起こりやすい斜面の特徴
斜面の傾斜では、30度から45度での発生数が多くなります。50度以上の急こう配だと雪が積もりにくいので、ちょうど30度~40度台の傾斜が危険です。これはスキー場でいうと上級者コース位の勾配となります。そして、木があまり生えていないところも発生しやすく、過去に発生したことのある場所で再び起きるという場合も多いのが特徴です。2017年3月に発生した那須の雪崩事故も、まさにこのような雪崩の起こしやすいある斜面だったことがわかっています。
自然を正しく怖れて慎重な判断を
登山に限らず、イベントや行事の開催の判断については、大半の人が「自分たちは大丈夫」と安易に判断しすぎる傾向があります。これは「正常性のバイアス」とも呼ばれ、「人間の性(さが)」の一つです。以前も大丈夫だったから今回も大丈夫だろうといったように考えるのは危険です。2017年の那須岳の雪崩事故では、栃木県高校体育連盟主催の「春山安全登山講習会」が毎年3月下旬に行われるのが恒例となっていました。いわゆる南岸低気圧の通過に伴う大雪直後のタイミングにも関わらず、スキー場ゲレンデから山に入っていってしまいました。登山は山の傾斜や特徴を正確に把握した上で、最新の気象情報を確認の上、中止した方が良いかも、もしかしたら危険かもといったことが少しでも想定されるときには、登山の責任者は、安全サイドの判断が必要です。時には中止を決断する勇気が命を守ることにつながります。気象災害は危険な時間帯に危険な場所にさえいなければ、命を落とすような被害に遭うことはありません。災害は正しい想定が出来ていない時に起こります。想定が出来ると備えや事前準備や判断が変わり、備えや事前準備・判断が変わることで行動を変えることができるのです。
この記事の執筆者
森山 知洋 気象予報士/防災士/北海道防災教育アドバイザー
20年以上の気象予報士歴の中で放送局での災害報道や気象キャスターなど様々な業務を経験。防災講演の講師を務めるなど防災や健康気象のスペシャリストとしても幅広く活動中。